今日も独りで夜を往く

挫折した30代の社会人生活

図書館にて

 その図書館はもう忘れかけていたような空気に満ちていた。

 今日こそは朝から晩まで本を読もうと決め込み家から出ないつもりだったが、晴れ渡る空を見ていると無性に外に出たくなった。自転車を漕いで坂道を登り、訪ねたことのなかった図書館へ向かう。

 側に山道のある、木々に囲まれた小さな図書館だ。駐車場には車がいっぱいで自転車も数台停まっている。その盛況ぶりに、こんな田舎の山にある図書館によく来るものだ、と少々意外の念に打たれる。

 中に入ると、低い天井のこじんまりした部屋に人の頭くらいまでの本棚が並び、横から暖かな日差しが差し込んでいる。床に座ることのできるスペースでは年端もいかない子供が何人か黙って絵本を読んでいるのが見えた。その横にはそれぞれの父親か母親が、これまた静かに本を開いている。不思議な、オブジェのようにみんなが座っているばかり。

 持参した本を読むための机を求めて奥の部屋へ足を進める。入ってすぐ耳に飛び込んできたのは、からかい合う男の子の声。そちらに目を向けると、小学校高学年くらいの男の子3人と女の子1人が机で勉強している。男の子同士ちょっかいをかけたり歌ったりして勉強が進まないのを、静かにしないとダメだよ、と女の子がたしなめるが、一向に聞く気配はない。

 部屋には、僕のほかに、時代小説を読むおじさんと、司書であるらしいエプロンをつけたおばあさんがいた。柔和そうなおばあさんは、棚を直しつつ、興味を惹かれた本を拾い読みしている。ほかの部屋に移ることができるにもかかわらずこの部屋で読んでいるということは、子供らの声がさほど気にならないのだろう。

 僕も席に着き、この図書館の空気にはいささかふさわしくない、孤独を酒とセックスで紛らわす作家の物語を読む。おじさんとおばあさんと同じく、なぜか僕も子供らの声にイラつくことはない。むしろBGMのように淡々と耳を通り過ぎていく。

 ふと顔を上げると、僕には珍しく1時間が経っていた。おばあさんは本の整理をやめ、座り込んで読書に夢中になっている。子供らは相変わらずで、耳を傾けると、学校で誰々が怒られただの、遠足の思い出などの話に花を咲かせている。お目付役の女の子も、つい話に乗ってしまい、さんざん盛り上がった後にふと我に返って叱る、ということを繰り返している。

 彼らを見て、自分が小学生だった頃を思い出す。あの頃は、辛いこともあったけど毎日が生き生きしていた。自分はどうなるべきか、なんて考えることもなかった。今戻れたら、何をするだろう。彼らも、そのうち進路や人生に悩む日が来るのだろうか。あるいは、互いの性別を意識して一緒に勉強するのをやめてしまうのだろうか。

 ほっこりした気持ちと、少しの哀しさを感じながら本を閉じ、出口へ向かう。最後に振り返ると、おばあさんと男の子、女の子の3人で何やら話をしているのを目にして、なんだか感じのよいやつらだな、と思う。

 帰りに立ち寄ったスーパーでも、また彼らに出くわした。今度は4人ともガヤガヤと元気を発散しながらお菓子を決めている。僕は心の中で、少年少女よ、現在を精一杯楽しんでくれ、と願いながら、スーパーを去る。